2008年04月01日

ともだち

 おいらが再入院したことは、当初は、身近で仲の良い友達に知らせただけだった。入院していることを知られるのが、なんだか小恥ずかしい気もしていたし、もしお見舞いとかに来られてもしんどい時だったらまともに応対もできなくて申し訳ない。身体を引きずったり車椅子に乗らないと移動できない無様な姿を見られたくないといった変なプライドもあったかもしれない。

 しかし、友達は本当に有難かった。本当に心の底からおいらのことを心配してくれた。何度も心配して、かーちゃん♪に電話をくれた友達もいた。仕事で忙しいのに神社でお守りを買って送ってくれた友達もいた。お見舞いに関しても、こちらの状態や気持ちを察してくれて、「いつでも駆けつけるけど今は来て欲しくないとかもあるだろうから、よかったらいつでも言うてや」と言ってくれた。おいらにはもったいない友達ばかりだった。



 今回感じた友情 = Priceless   by ますたーかーど



入院治療費などで今回大きな出費を負ってしまったが、お金では決して買うことの出来ない心・気持ちをお見舞いとしてたくさん頂いた貴重な経験だった。



(つづく)



posted by でびるくん♪ at 10:18| 大阪 ☀| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月02日

ひゃくまんえん

 ステロイドの点滴投与は3日間。その後はプレドニンという内服薬(これもステロイド系薬剤)で少しの間続けるとのことだった。ステロイドの点滴投与が終わった入院4日目にはリハビリも始まった。やっぱり足はしびれてうまく動かなかったが、それでも入院当初に比べると少しずつ動くようになってきていた。足を持ち上げるのに力が入らないものの何とか動かすこともできる。

 入院5日目。ギランバレー症候群の疑いの為、この日からはベニロンという薬剤を5日間、点滴投与することになった。

 このベニロン。いわゆる血液製剤らしくまたも同意書にサインを求められた。エイズやC型肝炎など血液製剤での感染が世間を騒がせたこともあって、何らかの感染の可能性もゼロではないですよ、というわけだ。まぁ、あれだけ色々と世間を騒がせたこともあるし、きちんと対策はしているだろう。信じるしかない。医師からは副作用の可能性についても説明を受けた。骨髄の液を採った時も同様だが、イチイチ同意書に書いてあるリスクを心配していては治療にならないのではないだろうか。医師もちゃんと説明してくれるが、この治療を施す前提で話をしている。



 よろしくお願いします。(-_-)



治療方針や薬剤の効果・副作用を承諾して治療のお願いをした。しかし、医師はまだ何か言いたそうな顔をしている。


ほかに何かリスクとかあるんですか?


いや、身体への影響などはそんなところです。
ただ・・・


ただ?


ベニロンってすごい高いお薬なので、精算時にびっくりしないで下さいね。一旦清算して頂く必要はありますが、高額療養費という制度で後でお金も戻ってきます。


ちなみにおいくらくらいするんですか?


1本あたり約2万円で、それを一日に10本投与します。それを5日間続けます。




1本2万円・・・ってことは、一日20万円。
それを5日間ってことは・・・ひゃ、ひゃ、ひゃくまんえん?
ひぇぇぇ〜〜〜。



なんとか1本5千円くらいになりまへんのか? (-_-;)



・・・なんて値切れるわけもなく(当たり前)、
値段を聞いてやっぱり止めますなんて言えるわけもなく、



お・お・おねがい・・・し・し・し・ま・す。(-o-;


と再び治療のお願いをしたものの声は若干、うわずっていたかもしれない。



 しかし、このベニロンの点滴投与が始まった入院5日目。ヨタヨタではあるが何とか自分の足で歩くことができた。膝がガクガクしてそこから崩れ落ちそうになるものの、ちゃんと自分の足で歩けたのだ。ステロイドの点滴投与などが効いてきたのかもしれない。これだったらスキーやテニスができる身体に戻れるかもしれない。

 少し希望がわいてきた入院5日目であった。



追伸:
友情同様、当然、自分の身体の健康もプライスレスだ。
しかし、五日間の点滴投与百万円と聞いた時には、



いくら奇麗事を言っても、世の中、金がないと健康も維持できないではないか



・・・と、世知辛い世の中の仕組みを肌で感じた貴重な経験だった。(-_-;)



(つづく)
posted by でびるくん♪ at 22:57| 大阪 ☁| Comment(3) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月06日

はっきりした病名

 入院6日目。朝から高熱で39.5度まで上がる。微熱はずっと続いていたが高熱は前回の入院以来だった。前日に少し歩けて希望の光が見えてきていたが、この日は熱のせいもあってか全く歩けなかった。部屋の前のトイレくらいは行けるだろうと思い、手すりにつかまりながら歩き出したが、膝から崩れ、へたり込んでしまった。

 そして、熱のせいもあってか、この日も行われるはずだったベニロンの投与は一時中止になった。内科的な診察をされ胸のレントゲンをとった。どうやら風邪ではないようだ。じゃあ一体この熱はなんなんだ?ずっと微熱が続いていることも不安に思っていたが、その不安が急激に増大する。そして、この日から一日おきに高熱が出る。そのたびに不安も増大する。医療というものに対して無知で素人なおいらは、



 あなたの熱は○○○という病気が原因です。



・・・と言って欲しかった。ギランバレー症候群の疑いがあるとは言われていたが、高熱は関係あるのか?それともギランバレーではなく、ほかの病気なのか? しかし、少なくともこの時点では



 あなたの熱は○○○という病気が原因です。



と言われることはなかった。



 今のおいらの病名は何ですか?



と、聞いたこともあったが、


 色々と合併症を引き起こしている可能性が高いです。
 少なくとも何らかの感染症は起こしています。


と言われるだけだった。



こうして再び不安な気持ちが高ぶる数日間が過ぎて行った。



(つづく)



posted by でびるくん♪ at 10:30| 大阪 | Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月09日

財前教授?

 今回の入院で初めて高熱が出た日から二日間はベニロンの投与は見送られたが、その後は高熱であろうが構わず、解熱剤を服用しながら1日10本のベニロン点滴投与は続けられた。また、新たに一日2回の抗生剤の点滴投与が始まった。

 高熱が出た日はしんどいしうまく歩けない。しかし、熱が高くない日は次第に歩けるようにもなってきていたし、足のしびれの範囲も狭くなってきているように感じた。少し歩けるようになると



やっぱりスキーやテニスができる元の身体に戻りたい



・・・と思うようになってきた。最初は日常生活で歩けるようになるかさえ不安だった。しかし、日常生活に支障が出ない程度までの回復が見えてくると、次の段階を望むのは当然だろうし、その気力が無いと元に戻るのは無理だろうと思う。ただ、神経内科というくらいで神経系の障害だから医師に聞いてもリハビリの先生に聞いてもこの段階では何とも言えないとのことだった。気は焦るが仕方がない。

 ところで、この頃(入院して10日くらい)になると、自分の担当医や主治医以外でも、どの医師が神経内科の医師かがだんだんわかるようになってきていた。どうやらこの病院には神経内科の医師が5〜6名いるようだ。

 そんな入院11日目。神経内科の部長が他の全ての神経内科医を引き連れて、各病室を回り始めた。回診だ。



これって・・・



これって・・・



これって・・・


も・し・か・し・て





白い巨塔でお馴染の総回診ってやつでっか?



いやーーーー、ヒデキ感激〜〜〜♪






まぁ、ドラマを見過ぎて浮かれるのも良いけれど、しっかりと自分の身体を治さなければと自分で自分を窘めた昼下がりの出来事だった。



追伸:
関西ではこの時期に再放送で白い巨塔をやっていたことを付け加えておく。



(つづく)

posted by でびるくん♪ at 23:12| 大阪 ☁| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

再びステロイド

 入院12日目の2月1日から再びステロイドの3日間の点滴投与が始まった。この頃からそれほどヨタヨタせず歩けるくらいになってきた。しかし、足と手のしびれは全然残っているし、腰の回りも痺れが強い。



 一体いつになったら治ってくるんだろう。



再び不安な気持ちが頭をよぎる。



 さらに悪いことに、生まれてからこれまで風邪ひとつ引かなかった息子が高熱を出したと連絡があった。どうやらかーちゃん♪も風邪をひいたらしい。看病疲れでなければいいが・・・と思っていたが、すぐに熱も下がったようで少し安心した。


 この頃、高校の時の友達がはるばる滋賀県からお見舞いに来てくれた。久しぶりに会うし、おいらに子供が生まれた話もまだまともにしてなかったので、子供の話やおいらの病気の話をして別れた。ちょっと気分転換になった日曜日の昼下がりだった。



(つづく)



posted by でびるくん♪ at 22:55| 大阪 | Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月15日

息子との再会

 2月3日にステロイドの点滴が終わり、さらに2月4日には抗生剤の点滴も終わって、2月5日から3日間は点滴などの治療はなく、薬を飲んでリハビリに行くだけの日々。この時期はとにかく暇だった。ただ、この時期は風呂に入れたので、それはそれでありがたかった。入院前に家で入って以来。気持ちよかった。

 まだ少し微熱もあったし点滴をしないってのも少し不安だったのだが、点滴の種類によっては自分自身の身体の抵抗力や免疫力を下げることもあるらしい。さらには、薬の効果を採血で調べて効果を見る期間も必要だとのことだった。なるほど。


そんな暇だった時期の2月7日。久しぶりに我が息子に会える機会があった。うちの子は早産で生まれたわけだが、水腎症という腎臓に水がたまる病気があって、その検診においらが入院している市立病院に来たのだ。おいらの病気は特に子供に移る病気でもない為、おいらが入院している病棟まで、かーちゃん♪が子供を連れて上がってきてくれたのだ。

 久しぶりに見る我が子はすごく成長していてびっくりした。特に暴れん坊具合が。子供が暴れまくって片時も目を離せないとかーちゃん♪が電話などで話していたが、本当にそうだろうなと思わせるほど暴れまくっていた。おいらの事を忘れてはいないかと結構心配していたが、特にそんな感じもなかった。まぁ、まだ父親も何もわかってないだけかもしれないが・・・。


 それにしても、一番かわいいこの時期に、前の入院と合わせて1か月以上も自分の子供に会えないというのは辛かった。


親が子を思う気持ちがどれだけ大きいかを実感した寒く切ない真冬の日々だった。



追伸:
かーちゃん♪が病院に来てくれる時、うちのおかん(つまり息子にとってはおばあちゃん)がヘルプでうちに来てくれてたが、孫に首ったけでおいらのことを心配している様子は殆どなかった。おかんの薄情ぶりも実感した今回の入院だった。


追々伸:我が息子へ
おとーさんは孫ができても薄情にならない予定です。(-_-)



(つづく)



posted by でびるくん♪ at 01:56| 大阪 ☀| Comment(1) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月24日

2度目の髄液検査

 通常は1回検査して終わりと言われた髄液検査だが、2月8日、入院後二度目の髄液を採られた。今回は救急で運ばれた時と違い、担当医の先生にやってもらう。・・・が、今回は前回と違ってちょっと痛かった。(T_T)


 1回目の髄液検査では、細胞や蛋白の数が150程度と言われたが、今回は70程度だったらしい。素人には細胞の数とか蛋白の数とか言われても、なんのこっちゃさっぱりわからないが、通常の髄液では細胞の数は0(たんぱくは40くらい?)らしいので、一応、正常値に近づいているようだ。医師に確認したら、いずれの値も100を切るとフォローはしないということなので、あとは自然と治まっていくということか。一般的には1か月程度で正常値に戻っていくだろうとのことだが、正常値じゃなかったらどう不都合があるのかもよくわからない。

 そして、この日から3クール目のステロイド点滴(3日間)。それにしても年始から薬漬け、点滴漬けの毎日だった。薬嫌いなおいらも早く治したかったので真面目に薬を飲んでいた。この頃には、かなり普通に歩けるようにはなってきていたが、手足と腰回りは相変わらずしびれが結構残っていたまま。また、熱も平熱まで下がることもあったものの、基本的には微熱が続いていた。



 いつになったら微熱は治まるのだろう。



しびれ・足先の麻痺・微熱。全快には程遠い状態だが、とりあえず少しずつではあるが、歩ける程度も改善しつつある日々だった。


(つづく)


posted by でびるくん♪ at 09:32| 大阪 ☔| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月30日

退院

 2月10日にステロイドの点滴投与が終わり、点滴はこれが最後となった。あとは薬を飲み、リハビリに励み、退院決定を待つ日々。ずっと続いていた微熱がなんとか平熱まで落ち着いてきたのが2月15日頃だったか。今年に入って実に2ヶ月半もの間、平熱に下がらなかったわけだ。これは我が人生での新記録だ。良いことではないが・・・。

 そして、結局、退院できたのが2月20日。入院したのが1月21日だったのでちょうど一か月の入院生活だった。最後の10日間は、そりゃーまー暇だった。かーちゃん♪にノートパソコンを持ってきてもらっていたので、結構な時間を病室のベッドの上で仕事をしていた

 入院中は色々な検査をし、途中、ギランバレー症候群ではなく脊髄炎の可能性も示唆されたが、最終的に診断書に記された病名はやっぱりギランバレー症候群だった。ギランバレー症候群という病気はなんでも、10万人に1〜2人しか発症しない病気らしい。おいらはその10万人に1〜2人の選ばれた人間というわけだ。まぁ、考えてもみれば、おいらはこれまで、あまり人が経験しないようなことが多く起こる人生だった。懸賞でハワイ旅行が当たったり、本を出版することになったり、何度もテレビに出させてもらえたり・・・。しかし、病気に限っては、普通の人並で結構だということを今度、神様に言っておこうと思う。


そして、今度は100万人に1人のことがおいらに起こる予感がする。100万人に1人となると日本では120人くらいしか経験できないことということになる。うーん、なんだろう。ジャンボ宝くじの1等当選とか、自著が100万部を超えるベストセラーになるとか、人生で2度目のハワイ旅行が当選するとか、そんなあたりか。



ま、なんにしても病気や事故・災害でないことを祈るのみだ。



(つづく)
posted by でびるくん♪ at 00:26| 大阪 | Comment(3) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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